激変する未来。ESG思考ってどういうこと? / 『ESG思考』(講談社+α新書)著者・夫馬賢治さん【前編】 【特集企画】僕たちの未来のために。
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激変する未来。ESG思考ってどういうこと? / 『ESG思考』(講談社+α新書)著者・夫馬賢治さん【前編】

投資や経営の分野で「ESG」という言葉を耳にすることが多くなりました。これは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもので、投資の際に企業価値を評価する指標として重視されています。ESGの意識が高い企業に投資する「ESG投資」も拡大している中、長期的な視野の重要性を説く著書『ESG思考』(講談社+α新書)を上梓されたのが、株式会社ニューラルの代表取締役をつとめる夫馬(ふま)賢治さんです。そこで今回は夫馬さんに、「ESG」とは何か、そしてなぜ「ESG」が重視されるようになったのか、お話をうかがいました。

「ニュー資本主義」へ向かう世界

DOWELL編集部: まず、夫馬さんが代表をされている株式会社ニューラルの事業について教えてください。

夫馬さん: 弊社は2013年に創業し、現在、サステナビリティ経営やESG投資に関する二つの事業を進めています。ひとつめが、主に国内の大手企業をクライアントとする投資や経営についてのコンサルティングです。そしてもうひとつが、サステナブルやESGに関する最新情報を提供する『Sustainable Japan』というニュースサイトの運営です。官公庁、業界団体、金融機関、大企業、研究者などに読まれることが多いですね。

DOWELL編集部: そのような専門性の高い事業に取組まれている夫馬さんが、今回は『ESG思考』という一般読者に向けた本を出版されました。「ESG」という言葉を聞く機会が増えましたが、「ESG思考」とはどのような思考法なのでしょうか。

夫馬さん: 2010年からの10年間で、世界経済は「オールド資本主義」から「ニュー資本主義」へ加速度をつけて移行していったというのが私の認識で、「ESG思考」というのは「ニュー資本主義」へ進むときに必要となる考え方です。ですから、まず「ニュー資本主義」についてお話しましょう。

「環境と経済」がどのような関係にあるのかを俯瞰的に見ようとしたとき、判断する軸は二つあります。「環境や社会を考慮することが、企業の利益を増やすと考えるか、減らすと考えるのか」という軸と、「企業が環境・社会問題を考慮することに賛成か反対か」という軸です。

そしてこの2軸によって、環境と経済に関する認識パターンが分かれるのですが、その中で「利益が増えるから環境や社会に関する問題などを考慮するべきだ」という考え方が「ニュー資本主義」、「利益が減るから環境問題などを考慮するべきではない」とする考え方を「オールド資本主義」と呼んでいます。

グローバル企業や投資家たちは、「ESG思考」によって、2010年頃から、環境や社会問題への対応は単なるコストと考える「オールド資本主義」から、環境や社会課題を考慮した取組みで利益を生み出す「ニュー資本主義」へと加速度的に移行していきました。

「ジャパンは終わっている」?

DOWELL編集部: 2010年というと、2008年のリーマンショックのすぐ後ですが、それは何か関係があるのでしょうか。

夫馬さん: 欧米のグローバル企業では、1990年代から、環境を意識した投資や経営への動きがあり、その流れは着実に進んでいました。そこへリーマンショックが起こるのですが、それを契機として従来の経営のあり方に危機感を抱いた彼らは「ニュー資本主義」への流れを加速させたという経緯があります。その頃、私はMBA取得のためにアメリカに留学していて、いろいろな企業を見て回ったのですが、そこでは普通に「サステナビリティ」などの単語が会話の端々に出ていて、また、この考え方に基づいた欧米企業からの発信も始まっていました。

DOWELL編集部: そのころ日本でもCSRの取組みが進んでいましたが、リーマンショック後には急に勢いがしぼんでしまった記憶があります。

夫馬さん: 日本企業は「環境や社会に対する貢献」をコストだと考える傾向があるのです。そのため日本では、CSRは「稼いだ利益を社会に還元する」ことという認識まであったりします。欧米のグローバル企業は正反対で、「企業が長期的に存続していくためには環境や社会問題を考慮したほうが長期的には有利であり、そのためには投資が必要だ」ととらえました。コストと考えれば当然削減されますが、その反対に企業の存続に欠かせない事業に取組むのであれば、投資を呼び込む必要があります。

2010年の留学当時、アメリカのビジネススクールでは「ジャパンはすでに終わっている」という議論がありました。そこでは、日本企業がグローバル化に失敗し、世界の中で存在感を失っていたことが語られていました。その上さらに、重要な経営テーマとなっているサステナビリティでも日本企業は著しく出遅れていることを目の当たりにしました。

私は2012年に留学を終えて帰国したのですが、アメリカの状況を見て、このままでは日本は本当にまずい、なんとか経営層の考え方を変えていかなければと強い危機感を感じていました。そこで、二ューラルを立ち上げたのです。

「ESG思考」とは長期的視点を持つこと

DOWELL編集部: 日本は2020年になった現在でも、いまだに「オールド資本主義」が根強く、欧米とは周回遅れのように感じます。「ESG思考」を理解するポイントはどこにあるのでしょうか。

夫馬さん: 「ESG思考」とは、長期的なリスクとチャンスを理解して、それに対する布石をどう打っていくのかを考えることと言えます。ですからポイントのひとつは、どのくらいのスパンで物ごとを考えられるかという、時間の尺度になります。長期的な視野に立って事業を進めれば、短期的には減益になることもあるでしょう。でも、そのようなことを理解したうえで戦略立案をしなければ、将来、企業が存続できなくなるかもしれません。

それに加えて、これからの2020年から2050年の30年間で、今の私たちがあたり前だと思っている社会環境や自然環境が、どれだけ激変してしまうか。その点を理解できているかどうか、ということもあります。

DOWELL編集部: 「今まで十分に経営もできたし、事業も伸びてきた。環境や社会について考える前に、まずは今の経営でがんばろう」という声も聞きます。

夫馬さん: 今までやってこなかったことを始めるのは、どうしてもただのコストにしか思えないのでしょう。しかし日本国内を見るだけでも、すでに少子高齢化という問題がものすごく重くのしかかってきている。しかもこれは、私たちが直面する困難のうち、ほんのひとつにすぎません。気候変動や貧困など、世界規模での問題は山積みです。このような状況を見れば、自分たちを取り巻く環境は変化する、と考えるべきでしょう。まともな経営者なら「今のままでいいじゃないか」という判断には、ならないと思います。

コロナ禍で見えてきたこと

DOWELL編集部: 今回の新型コロナウイルスによる経済的な打撃は、まさに今も世界を揺るがし続けています。夫馬さんは、今回のことで何が変わったと思われますか?

夫馬さん: 「当たり前すぎて、今まで見えてなかったこと」が、より見えるようになったと思います。そのひとつがサプライチェーンの問題です。私たちは、こんなにも海外のサプライチェーンに依存していたんだと驚いた方も多いのではないでしょうか。マスクひとつとっても、中国からの輸入が途絶えたら急に品不足になったし、アパレルのお店が休業していたために、服を生産していた途上国の縫製企業が影響を受けている。農業についても、外出禁止のおかげで、インドの農家は農場に行けなくなって輸出が滞る可能性が出てきたりと、今度は食料問題が出てくるなど、今まで気づいていなかった構図が見えてきた。世界はこんなにつながっていたんだということを改めて強く認識させられたのではないでしょうか。

DOWELL編集部: そのサプライチェーンも、今までと同じように維持できるかは、わかりません。

夫馬さん: だからこそ、今までの「常識」はいったんリセットする必要があるのです。もうひとついうと、今回の新型コロナウイルスの発生には、気候変動が関係しているという話もあります。現状からさらに気候変動が進めば、今回のような事態が頻発するのではないかという危機感もあります。このように、2020年以降は今までの常識は通用しないかもしれないということが見えてきたのも、大きな変化ではないでしょうか。

DOWELL編集部: そこに必要なのが「ESG思考」であり、「ニュー資本主義」になのですね。確かに、パンデミックのさなかにESG投資が増えているという報道もありました。

夫馬さん: 繰り返しになりますが、「ニュー資本主義」の立場では、これから先の未来が変わってしまうことが見えれば、企業や金融のあり方もこのままではいけないと強く思います。このままではいけないのであれば、現在の事業も、依存しているテクノロジーも変える必要があるかもしれない。そのためには、環境や社会のリスクに対する投資を今やめるわけにはいかない。確かに財務の状況を考えると去年と同じようにはできないかもしれないが、継続はしなければならない、というわけです。それで、脱炭素に向けての動きもESG投資もますます活発になっているのです。

競争にさらされるNGO

DOWELL編集部: 今までのお話は企業を主体としたものでしたが、この分野では、NGOの果たす役割も大きいと思います、企業とNGOの関係は、今後どう変化するでしょうか。

夫馬さん: NGOと企業は対等なパートナーになっていくと思います。NGOが企業を指導するという立場でもないし、企業がNGOに対して「寄付しているんだからいうことを聞け」という立場でもない。海外ではすでに、おたがいが社会に対して果たしている役割に違いがあるのだから、それを相互で補完していこうというパートナーシップ形成の流れになっています。

DOWELL編集部: そうなると、NGOの立ち位置はより重要なものになります。NGO自身も変わっていく必要があるのでしょうか。

夫馬さん: その通りだと思います。企業がNGOに期待していることは、専門的な知識と草の根のネットワークです。実は今、NGOは競争にさらされています。企業が何かの施策を進めるためにNGOとパートナーシップを組もうとしたとき、企業は知見や実行力、ネットワークなどで、NGOをふるいにかけます。実はすでにNGOは、国連の機関とすら競争関係にあります。これからは、NGOも「選ばれる立場」になっていきます。そして選ばれるNGOになるために、自分たちの知識と草の根ネットワークを、さらに広げる努力が求められるでしょう。その上で「良きライバル」同士の横の連携が大きな意味をもってくるのです。

(後編に続く)

「ESG思考」の重要性についてお話いただいた夫馬さん。後編では、農業など具体的なテーマについて掘り下げていきます。

続きを読む(後編)>>>

<プロフィール>

夫馬賢治

株式会社ニューラルCEO。サステナビリティ経営・ESG投資コンサルタント。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。環境省ESGファイナンス・アワード選定委員や国際会議での有識者委員を歴任。サステナビリティ観点での経営戦略、IR、リスクマネジメント、マーケティング、ブランディング、R&D戦略等の依頼を、大手上場企業や機関投資家、広告代理店、国際NGOから幅広く受けている。財団や国際NGOの理事や評議員も務める。CNN、NHK、日本テレビ等への出演や、フィナンシャル・タイムズ、エコノミスト、日本経済新聞への取材対応、国内・海外での講演も多数。著書に『ESG思考』(講談社+α新書)、『データでわかる2030年地球のすがた』(日経プレミアシリーズ新書、近刊)、『いちばんやさしいSDGs入門』(宝島社、共著)。

7月9日に新たに日本経済新聞出版社から『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日経プレミアシリーズ)を出版。世界の経済界が直視している今後の環境・社会課題をデータを使って誰にでもわかるように解説。私達が知るべきリアルを描いています。

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